「〇活から考える」3
〇よみがえりは事実か?
よみがえりと聞くと、「キリスト教も他の宗教と同じような作り
話ではないか・・・。」と思われるかもしれません。
確かに、信じがたいことだと思われるのは、当然です。
しかし、イエス・キリストの復活は、最もよく検証され、証明さ
れているものの一つなのです。
イエス・キリストは処刑された後、その日のうちに墓(当時の埋
葬の仕方は、死体に香料を塗り、包帯でぐるぐる巻きにした後、そ
のままの姿で洞穴などを利用した墓に安置して大きな丸い石で入り
口をふさぐものでした)に入れられて、ローマ帝国の番兵がその墓
の見張りをしていました。
ところが、死後三日後の日曜日の朝に、番兵は逃げ出し、墓は空
になったのです。
また、その直後からイエス・キリストの弟子たちは、「キリスト
はよみがえった。私たちは、その証人です。」と語り始めました。
しかもそれを、イエス・キリストを殺した者たちがいるエルサレ
ムという町の中心で語ったのです。
その結果、キリストの主要な弟子たち11人のうち、10人が殺
されてしまったのです。
弟子たちは、人づてに聞いた事を鵜呑みにしたのではなく、「復
活したキリストを私は見た。触った。話しをした。」と語ったの
です。
彼らは、自分のこの目で見たと証言したために殺されたのです。
なぜ、彼らは、死を恐れず、キリストを宣べ伝えることができた
のでしょうか?
◆もし、弟子たちが、「キリストの死体を盗んでいた」としたら、
キリストが復活していなかったことを弟子たちは知っていたことに
なります。
そうであるならば、嘘だと分かりきっている事のために、弟子た
ちが命を投げ捨てたということになります。
◆また、「イエス・キリストを謀殺した者たちが、死体を持ってい
った可能性」もありません。
もしそうならば、弟子たちが、キリストは復活したと語った時
に、その死体を見せつければ、復活の話は全て終わってしまい
ます。
しかし彼らは、弟子たちを脅し迫害することしかできません
でした。
◆また、「関係のない第三者が盗んでいった」ということもありえ
ません。
ローマ兵が守っている死体を盗み出すということは、至難の業で
あり、また、当時の世界を支配していたローマ帝国に対する反逆と
みなされ、死が宣告されるのです。
唯一、納得できる答えは、弟子たちが命を懸けて伝えたように
「本当にイエス・キリストは復活した」ということです。
キリスト信仰を持たない歴史学者であっても、「なぜ、世界中に
キリスト信仰が広まり教会ができていったのか」という歴史的な事
実に対し、キリストの復活抜きでは説明をすることが不可能なの
です。
この歴史的事実である復活に基づいて、弟子たちは、十字架の救
い、すなわち、「主イエス様が私たちの罪の身代わりとなって死な
れ、よみがえられたこと。このことを信じることこそが、人間に与
えられている唯一の救いの道なのだ」と宣べ伝えることができたの
です。
『この方(キリスト)以外にはだれによっても救いはありま
せん。
天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間
に与えられていないからです。』
(聖書 使徒4章12節)
『御子(キリスト)を信じる者は永遠のいのちを持っている』
(聖書 ヨハネ3章36節)
私たちは、限りある時間しか与えられていません。
その先に待っている死後の永遠について、ぜひとも真剣に考えら
れ、このイエス・キリストの十字架を信じ、永遠のいのちを得、死
後の備えをされますよう、皆さまに心からお勧めいたします。

